あらかじめ、模擬問題を作っておき、その問題により何がどのような影響を受けるのかを検討することです。経済学の分野ではよくシミュレーション実験が行われているようです。シミュレーションを行うには、模擬問題と、その結果についての因果関係を数式で表す必要があります。
医学の分野、とりわけ糖尿病の分野でもシミュレーション実験が行われ、実際の診療に役立たせようという試みが行われています。
筆者もずいぶん昔、インスリンの注射をした時の血糖値の変化をコンピュータで予測しようと試みたことがあります。薬物を静脈注射した時の、血中濃度に関する研究は多数ありましたが、インスリンは通常皮下注射で行われます。皮下から吸収されて血液中に入るわけですから、これを予測して数式で表すのはかなり困難な作業です。
しかし外国で、インスリンを皮下注射した時の血中動態についての論文が発表されました。その論文には、インスリン注射と血中でのインスリン濃度について、さらにそれが血糖値にどのように反映されるかが微分方程式で書かれていました。これなら、インスリン注射とそれによる血糖値の変動をシュミレーションすることができると思い、作業に取りかかった次第です。
さて、筆者は数学の専門家ではないので、微分方程式で数式が与えられても、解を解くことができません。そこで、数学の教授にお願いして解いてもらうことにしました。1週間ほどで解を教えてもらい、あとはひたすら、その数式に忠実なプログラムを組んでいきました。
さて、できあがったプログラムで本当に血糖値の予測ができるのでしょうか。
実際の患者さんで、試してみるとあまり予測が当たっていません。当たり前ですが、インスリンの効き方(インスリン感受性)は、人によりかなり違っているのです。そこで、筆者はインスリン感受性を平易な日本語で記述したファイルをこのプログラムが読み込み、計算を補正する仕組みを作りました。
いわゆるシステムに、専門家の知識を注ぎ込むもので、「エキスパート・システム」と呼ばれるものです。
さて、筆者のプログラムはその後日の目を見ることはありませんでしたが、今年の日本糖尿病学会のシンポジウムで「システムバイオロジー」というセッションがありました。
そこでは、何とコンピュータプログラムによる、シミュレーションについてが話し合われていました。
筆者は、別なセッションに出ていたので、直接聞くことはできませんでしたが、確実にコンピュータが実際の診療の場に入り込んでくる時代が近づきつつあることを実感した次第です。